兵庫RC(ランニングクラブ)

小学生から大人まで幅広い層のチームでの様々な連絡や報告、そして私の考え方や理論を上げて行きます。

大学駅伝の犠牲

私が指導する子の中に、競技を継続する為に東京から地元に戻り、通信教育の道を選んだ子がいる。その子が在籍する某大学の駅伝部から、また数名ほど同じような境遇になる子が出るようだ。

ここで、皆さんに一度考えてみてもらいたい。入学時にそう言う話しがされる事なく、どんなに苦しい時でも競技が続けられると信じていた子達が、思うようなトレーニングや結果が出せない状態で、志半ばで部を去らなければ行けない事を…。サポートではなく競技を続けたいがたいが為、部を去る決心をしなければならない事を…。支援や住む所が無くなり、地元に戻り通信教育学部に移らざるおえない状況に陥ってしまった事を…。

大学側からすれば、たかがとか、何十人の中のほんの一握りの数人かもしれない。しかし、その子の人生からすれば大きく狂わされる行動なのだ。

必要でないものに、要らぬ経費をかけられないと言う大学側の気持ちも分からない訳ではない。こう言った考えは、利益を優先する企業なら考える事だ。しかし、大学は教育の場、部活動は大学の名を売る以前に教育の一環が柱にあるはずだ。

たとえ、もしそうするのであれば、入学以前にそう言った説明をすべきであろうし、即戦力と成ろう者だけを取るべき必要性があるのではないかと私は思う。

皆さんは、どう思われるでしょうか…。

今現在、各スポーツでパワハラが唱えられる中、こう言った事は、そう受けてとられてしまう可能性もあるだろう。他の駅伝を目指す大学でもあるのかなあ。他の野球やサッカー、ラグビーやバスケット、その他のスポーツでもあるのかなあ。決してこの大学を責める訳ではない。他が行っているから、同じように行ったに過ぎないのかもしれないから。ただ、何度も言いますが大学は教育の場。プロでも、一企業でもない。その教育の場が、そして教育者が、犯罪や規則を犯した訳でもない一人一人の人間の人生を狂わす事は、いかがなものかと思うのである。